総会とおはなし会を行いました

6月25日(土)にふれんどしっぷASIAの総会とおはなし会を行いました。

総会では、2010年の活動の報告と2011年の活動予定、
決算報告と来年度の収支予算の報告しました。

ふれんどしっぷASIAを支えてくださる皆様のおかげで
2010年度、フィリピン、タイの人々のために、活動をすることができました。
2011年度も引き続きよろしくお願いいたします。

総会のあとは、KAFIN埼玉のオリビアさんをお迎えして「おはなし会」を開催しました。

リビアさんは日本人のご主人との間に3人のお子様を持つお母さんでもあります。
地震のときは高層ビルの上階にいて、大きな揺れを感じました。
子どもたち、家族となかなか連絡を取ることができずに、
家に帰るまで不安な時間を過ごしました。

また、福島に義母、岩手に姪がおり
姪の住む町は、津波で甚大な被害を受けました。
連絡がつかない姪の住む町が、津波により壊滅的になってしまった様子をテレビで見て
ただただ涙がこぼれたと言います。

フィリピン大使館や、インターネットのつてを使って
姪の無事を確認できたのは、震災から数日経ってからのこと。
その中で、大使館やインターネットを通じて
安否を確認しようとしているフィリピン人がたくさんいることを知ります。

いてもたってもいられず、被災地からひとまず関東に避難をしてきた数十人のフィリピン人のために
料理を作ったり、励ますためにボランティアに出かけました。

その後、福島・宮城にも、被災している方にフィリピン料理を持って
日帰りツアーを決行したり、精力的に被災している仲間たちのかたわらに寄り添い続けました。

リビアさんは言います。
フィリピン人は根っからの明るさから、悲しみを顔に出さないようにしている人が多く
一見、元気に見える、けれども本当は怖いし、悲しみを感じている。
笑顔でいても、話を聞くと涙を流して家が流された悲しみを伝えてくる。

今回被災地で出会ったフィリピン人は日本に長い間住んでいる人が多く
みな、日本語も上手なのだが、やはり、本当の心からの感情は母国語で言いたいもの。
だから、同じ国の仲間として少しでも支えになれてよかった、と。

リビアさんが被災地で出会ったフィリピン人の多くは
日本人と結婚したフィリピン人女性でした。
彼女たちは国に帰ることも選択肢としてあったけれど
家族だから一緒にいたい、と日本に残る人、
一時的にフィリピンに帰国しても、またすぐに戻ってきた人たちも多いそうです。
日本に暮らす多くのフィリピン人も、多くの日本人が体験した恐怖や悲しみを体験しました。

あまり報道されない被災地にいる在日フィリピン人の話を聞ける貴重な時間でした。